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もっともストレスが多い魔の月、3月【憂鬱】




来年が少しずつ見えてきて、気を張る。
憂鬱、そして常に緊張状態。
どうも3月は毎年、体や心がおかしくなっているのを感じる。

f:id:kirinnox:20190319160105j:plain春めいてきて落ち着かない。という気候のせいもあるだろうが、やはり、社会生活による影響が一番大きいように思う。

 

特に、私のように正規雇用の方々は、3月特に緊張を強いられていることと存じます。
心中お察し。

 

やはり、人間は、来てしまった困難よりも、いずれ来るであろう困難の方がよりきつく感じるのかもしれない。


眼の前にある困難、まさに今自分が渦中にいる困難は、「なんだ。意外と大丈夫やん」とか、「こうなっちまったもんは仕方がないな!」となるが、

 

 

まだ来ていない困難には不安しか覚えない。

 

 

来年、どんな人と出会うんだろう。
どんな仕事をするんだろう。
今年と違うことはなんだろう。
再来年はどうなるんだろう。
10年後は・・・

 

 

不安は、ギシギシと私の体内を駆け巡る。

 

 

案ずるより産むが安し。

産んでいるときより、産むときの痛みを想像して、恐怖しているときの方が長く辛い。(私は男ですが・・・)

 

 

3月は、走り続けてきた生活に一区切りがつき、ふっと立ち止まる。

 

立ち止まって振り返り、自分が歩んできた道を確認する。

 

前を向き直り、自分が歩いていく道を確認する。

 

 

進んできたこの道で合っていたのか?

進んでいくこの道で合っているのか?

 

人生は一本道だ。

 

だって私は、他の道を知らない。

 

枝分かれはない。

 

もし、こっちの道を選んでいたらどうなっていただろう。と思うことはあっても、2つの道を同時に歩む事はできない。


別の道を歩んだ場合。結局、今進んでいるこの道の事を知る事はない。

 

そして、ふと立ち止まって、この道は正しいのか?という疑問は私を苛む。

 

 

本当は、そんな事考える事に意味なんかないのに。

 

 

だって、もう歩んできてしまったんだから。

 

同じ道を引き返す事ができないのが人生だ。

 

というか、間違っていたとしても、引き返すのが正解ともわからない。

 

だから、歩んできた道が正しかったかどうかなんてなんの意味もない問なんだ。

 

同様に、これから歩む道が正しいかどうか考えることにも意味はない。

 

違う道を選んだとしても、結局その疑問はつきまとうからだ。

 

人生は一本道なのに、その道に疑問を抱いて何になるのだろう。

 

突っ走るしか無いのかもしれない。

 

どんどん進むしか無いのかもしれない。

 

というか、私にある選択肢は、それだけだ。

 

悩んでも悩まなくても、進むしか無い。




 

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