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ネガティブでも良いじゃないか。無理にポジティブになる必要はない。




 

私は、世界が嫌いだ。

なんか、生きてると、ムカついてくる。

他人の幸せを心から祝うのは、非常に難しいと感じる。

いつも考え過ぎて「生きる意味なんて無い」というニヒリズムの海でもがいている。

嫉妬、怒り、不満。どろどろとした感情が私の中を渦巻く。

嫁に「キリンノックスは今、幸せなの?」と聞かれ、考えた末に「わからない」と答え、泣かれた事がある。(このとき、私の脳は「幸せ」の定義を考えていた)

 

 

 

自分がネガティブであることを受け入れるしかないと思う

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ポジティブの方が良いとか、ネガティブは悪いとかじゃない。


もうネガティブに生まれてしまったのだ。

ここからポジティブになるのは難しい。

いや、反論を覚悟で言えば、私は不可能だと思う。

 


私も、一時期、ポジティブに憧れ、ネガティブな自分を責め、ポジティブになろうと、そういう自己啓発本を読み漁った。

しかし、なんか、しっくりこなかった。

根本的に、違う。

木のねもとから違う

ハッピーな自分になろうとか、物事の良い面に視線を向けようとか・・・・私には、しっくりこなかったので、内容全然覚えてない。

 

 

全部、しっくりこない。誤魔化しのような気がしてしまう。綺麗事のような気がしてしまう。

 


対して私が真実だと思うワード

  • 世の中は金。
  • 人生は運だ。
  • 生きる意味は無い。
  • 人は、必ず死ぬ。
  • 強いものが生き残り、弱いものは食われる。弱肉強食。


などのネガティブなものばかりだ。ネガティブだが、真実だと思う。

であれば、真実はネガティブであるのではないかと考えてしまう。

 

 

 


生得的にネガティブな人は、ポジティブになろうとすると疲れる

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まるで、左利きなのに、無理やり右手で箸を持っているみたいだ。

しかも、無理してポジティブになろうとしても、それは、本物のポジティブなんかでは無い。

 

 

ポジティブな人は、努力は報われるとか、自分を信じてやっていれば大丈夫とか、おれならできると。心の底から信じているように見える。

私は、表面上、そういう思考をしてみるか・・・と思うだけで、心の底から信じる事はできない。

ポジティブの真似をするのと、ポジティブな人は全然違う。

 

 

であれば、そもそも、不可能なんだから、無理する必要なんてなく、諦めてネガティブであることを受け入れて生きたほうがずっと良いと私は考えている。

だって不可能なのにポジティブになろうとするの無意味だし。(すでにこの思考がネガティブだなぁw)

 

 


ネガティブのパワーは凄まじい

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私が、日々、生きていて、爆発的な力が発揮できるのは、常に、ネガティブなときだった。

誰かに負けて、悔しいとき、強くなってやろうという気持ちは凄まじかった。

上手くいっている知人に嫉妬しているとき、ちくしょう。なんで、あんな自己中野郎が幸せになっているんだ。(得てして、自己中な人は幸せそうですw)

そう思ったとき、めちゃくちゃパワーが湧いてる。(もちろん、体の中には、どす黒い何かが渦巻いている)

 

 

他にも、何かに対する怒り。憤怒の気持ちの時、私の行動力は凄まじい。

 

 

逆に、私が、のほほんと、幸せを感じているとき、今日も楽しいな。とポジティブな気持ちになっているときは、エネルギーに乏しい。(そんな日もある)

酒飲んで、笑って、ゲームして、テレビ見て、寝てしまう。ポジティブだとなんとなく、過ごしてしまう。

 


まぁそういう日も、たまには良いな。と自分でも思うけども

あの、ネガティブなときのパワーと比べると、雲泥の差を感じる。

別人のように、創作意欲もないし、何かを成し遂げてやろう。という気概が欠如している自分を感じる。

 

 

ネガティブとは、パワーを持っているんだなぁ。と感じる。

 

 


ネガティブな人は、繊細で、感性豊かなのではないか

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ネガティブな人は、嫌われたり、良く思われなかったりする。

私も治そうとしていた。

しかし、ネガティブな人の良い部分もある。

前述のネガティブなパワーを持っているのもあるし、

繊細な精神を持っている。 = 感性豊か。なのではないかと思う。

 

 

 

世の中のほとんどすべての人は驚くほど粗野だが、彼らは繊細になりたいと望んではいない。なぜなら、彼らは自分が粗野であることに気がつかないほど粗野だからさ。(中略)きみは繊細な人間なんだから、どうあがいても粗野にはなれないよ。きみがせいぜいできるのは、粗野を演技することだけさ。

 

中島義道『カインー自分の「弱さ」に悩むきみへー』

 

繊細と、ネガティブは近いニュアンスを持っていると感じている。

同じように、ポジティブと、粗野は私の中では近い。

 


もちろん繊細、というのは、良い事ばかりではない。むしろ、打たれ弱いとか、物事をはっきり決められない。とか悪い事を良く言われる。

 


しかし、粗野な人には無いものが、繊細な人にはあるはずだ。

私は今ここで、上手く言い表せないけど、必ずある。

私は、感じている。繊細な人に会ったとき「この人は良いなぁ」と感じる事がある。

鋭い芸術のような、繊細な精神を持っている人。

 

 

 


ポジティブか、ネガティブかなんて、どうでも良い。

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重要なのは、自分が、ポジティブかネガティブか。ではなくて、人生で何をしたいかだと思うんです。

ポジティブか、ネガティブか。なんて、どっちでも良い。

そんな事考えてる暇があるなら、「自分は何をしたいのか」を考えた方が良い。

 

 

世の中には、ポジティブだから出来る。ネガティブだから出来ない。なんて事は一つもないと思うんです。

そもそも、ポジティブ、ネガティブ。なんて、言葉で貼ったレッテルに過ぎません。

 

 

ただ人生において、何かを感じて、行動するのが人間だと思います。

であれば、その行動は何をするのか。そこに焦点を当てて生きるのが重要。と思います。

 

 

 

まとめ

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とにかく、私が言いたいのは、無理してポジティブにならなくても良いのではないか。ということです。

 


人生は、無理しない。自分に嘘をつかないのが、一番だと思っている。

私が28年間生きてきて、思ったのは、ネガティブな感情を無理して消そうとしない方が良いということだ。

 

 

嫉妬や、怒り、ムカつく、納得できない。

その感情を無理に誤魔化して生きるのではなく、受け入れて生きるしかない。

無理に自分の感情を変えようとしないでありのままの自分で生きよう。

ありのままのネガティブな自分で。

 

 

お読みいただきありがとうございました。

ネガティブな私のネガティブな記事を貼っておきます。

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